経営者になりたての頃ほど、「縁起」や「験担ぎ」をどこかで見下しがちです。数字とロジックで勝てる、勝てるはずだ、と。やるべきことをやれば結果はついてくる。だから“気持ちの問題”に構っている暇はない ― そんな空気を自分にまとわせて、前へ進もうとします。
でも、ある瞬間から変わります。
努力や改善を積み重ねても、勝てない日がある。完璧に準備したのに、相手の一言で流れが変わる。市場の一つの出来事で、売上が一晩で別世界になる。採用のミスマッチひとつで、半年分の時間が消える。経営は、正しさを積み上げる競技ではなく、「不確実性と共に歩く仕事」だと骨身にしみる瞬間が来るのです。
数字で割り切れないものを尊重し始める過程
経営の意思決定は、最終的に“賭け”に近い局面が必ずあります。データは必要条件。でも十分条件ではない。計算上は正しくても、実際の現場で崩れることもある。逆に、説明しきれない直感が結果的に会社を救うこともある。
ここで多くの経営者が気づきます。
「成果は、理屈だけでは完結しない。自分の状態(コンディション)と、周囲の流れ(タイミング)に左右される」と。
そして、数字で管理できない領域 ― 自分の集中、胆力、姿勢、判断のキレ、継続力 ― を守るために、“縁起”や“験担ぎ”を道具として扱うようになります。信じるか信じないかではなく、使うか使わないかへ視点が変わるのです。
ゲン担ぎ・ルーティン・象徴の役割
験担ぎの本質は「運を呼ぶ魔法」ではなく、むしろ逆です。
運をコントロールできないからこそ、自分の行動をコントロールする装置として機能する。
たとえば、勝負前に同じ順番で準備する。
外出前に机の上を整える。
会食の前に必ず短い散歩を入れる。
朝いちばんに“嫌なタスク”を片付ける。
これらは迷信ではなく、再現性のあるコンディションをつくるルーティンです。経営者が験担ぎに近い行為を持つのは、「不確実なゲーム」において、唯一確実に握れる“自分”を整えるため。
さらに、象徴(シンボル)にはもう一つの役割があります。
迷った時の“基準点”になること。
会社が伸びるほど、選択肢が増えます。やらない理由も、やる理由も、どちらも正しく見える。そんなとき、象徴は判断を戻す場所になります。「自分は何者で、どんな勝ち方をしたいのか」。この問いを思い出させるものが、象徴です。
不確実性の中で自分を支えるもの
経営の怖さは、失敗そのものより「自分を疑い始めること」です。
うまくいかない日が続くと、判断のスピードが落ち、決断が先延ばしになり、さらに流れを失う。ここで必要なのは、外部環境を一瞬で変える奇跡ではなく、自分の芯を折らない仕組みです。
縁起物、験担ぎ、ルーティン、象徴 ― これらは、弱さを隠すためではなく、むしろ逆で、不安定さを前提にした「自己統治」の技術です。数字に強い経営者ほど、最後はこの領域を軽視しなくなります。なぜなら、最終的に会社を動かすのは“人”であり、その人の状態が成果を決めることを知っているから。
クロコダイルの強さ・生存力・一発逆転の象徴
ここでクロコダイルの話です。
クロコダイルは、記号として非常に強い。強さ、生存力、時間を生き抜く存在感。水面下で機をうかがい、ここぞで一撃を決める。静かで、重く、揺るがない。
経営者がこのモチーフに惹かれるのは、見栄ではなく“投影”です。
「波があるのが当たり前。だからこそ、自分は沈まない側に立つ」
そんな態度を、日常に固定する象徴としてクロコダイルは機能します。
財布は特に象徴になりやすい道具です。
1日に何度も触れる。会計の瞬間に手に取る。人前でも使う。つまり、ビジネスとお金と意思決定の場面に、必ず同席する。ここに“象徴”を置くと、毎日の小さな行動が変わります。
たとえば、財布を出す所作が丁寧になる。
レシートや領収書の扱いが雑にならない。
支払いに迷いがなくなる。
“お金を支払う基準”が整ってくる。
こういう変化は、派手な成功法則ではありません。でも経営は、こういう小さな律し方の積み重ねで差がつきます。
単なる迷信ではなく、自分を律する装置
縁起を担ぐとは、「運にすがる」ことではなく、
「運が悪い日でも崩れない自分を作る」こと。
クロコダイル財布を持つことも同じです。
何かが起きた時に、外側へ原因を求めて漂流するのではなく、内側へ戻るスイッチを持つ。触れた瞬間に、「自分は耐える側だ」「ここで折れない」と思い出せる。これは迷信ではなく、自己規律の道具です。
経営者が“縁起”や“験担ぎ”を軽視しなくなる瞬間は、運の存在を信じた時ではありません。
運の存在を否定できなくなった時です。
だからこそ、運に左右されない準備として、ルーティンと象徴を手元に置くようになる。
もし、毎日の意思決定を少しでも強くしたいなら。
もし、不確実性の中で自分の芯を守りたいなら。
クロコダイルという象徴を、ただの装飾ではなく、“自分を律する装置”として選ぶのは、理にかなった投資だと思います。
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